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8月か・・・
かなり、更新しないで時が過ぎてしまいましたが やっぱり、少しは更新しなければと思い、 まずは、ずっと設定されてなかったイメージ画像から 始めてみました。 いかがでしょう? う~ん。それでは!
やあレッキーだよ。
かなり、かなり、かなりの更新で お恥ずかしいですが今日も元気にいくよ! 今日のお題は仕事でちょっと調べているということで ブランドの起源について調べてきたよ。 ブランドの起源は「burned」、日本語で 「焼き印を押す」という意味から派生したものだそうです。 「焼き印」といえば、そうですカウボーイが牛に自分の 所有権を主張するために入れたあの「焼き印」です。 これがブランドの起源で、まず第一に「出所表示機能」の 意味がありました。 次にブランドに新しい意味が加わったのは18世紀になります。 イギリスから欧州大陸に輸出されるウイスキーにたびたび まがい物が混じり、スコットランドの輸出業者が困っていました。 その解決策が先ほど出てきた焼き印をウイスキーの樽に押すことで した。この時の焼き印は商品の無断複製を禁じるもので「品質保証機能」 の役割があり今の「商標」(TradeMark)の起源になったのです。 そして、最後に現代のようにブランドが宣伝広告機能として 消費者に働きかけるようになったのはビトンでもエルメスでもなく!! なんとコカコーラ社の「コカコーラ」が先駆けだったそうです。 いや~よかったです。なんか庶民的な飲み物が ブランドの先駆けでなんとなくホッとしたところで 今日の教訓です。 「高い偽ブランドより、安い本物のブランド!」 ということでした。 レッキーです。梅雨はどこに行ったのでしょう? 連日晴天がつづいていてこのまま夏に 突入しそうですよね。 ということで、かなり気が早いですが 今日は花火について調べてきました。 花火がいつから始まったかははっきりしませんでしたが どうやら江戸時代中期には納涼の楽しみとして花火師が 船を操りながら「手花火」という手に筒をもつ花火を 打ち上げたそうです。もちろん、手に持てるぐらいの筒 なので規模も小さいものだったそうです。 現在のような大型の花火になったのは江戸後期にはいってから ですが、色のほうは淡いオレンジ色一色とこれまた、現代の 私たちにとっては寂しい気がします。 現代のように色がついたのは明治時代に入って西洋科学の 研究を進められてからの話だそうです。 そういえば、夏目漱石の小説にも花火についての くだりがあった気がしましたが今は調べる術がないので また、いつか触れていければと・・・・ ところで花火の掛け声として 「鍵屋ぁ~」 「玉屋ぁ~」 がありますが、これは現在で言えば花火の スポンサーですね。 花火師も慈善事業ではないので花火を作るのにスポンサーを 募集したんですね。 「玉屋」と「鍵屋」はその中でも大きな資金提供をしていたそうです。 それでは花火一発でいくらぐらいだったかというと 花火一発で一両。現在で言えば10万ぐらいのお金を花火師に支払って 打ち上げていたそうです。 もちろん、花火師も花火を打ち上げるたびに 例えば「豊島屋の旦那、一両の花火!!」と 大声で触れていたそうです。 やっぱり、そういった所でどこの商家は きっぷがいいとか江戸府中の話題になったんでしょうね。 商家もきっと今で言えば広告費を支払うような感じでは なかったのではないでしょうか。 ということで、今日の教訓ですが 「アレ?」教訓になるようなことがでてこなかったような・・・・ あえて言うならば(企業むきに) 「広告費はけちらずにだそう!!」(ドッカ~ン) レッキーです。皆さんサマージャンボ宝くじはお買いになりますか? 私は当然買います!やはり一攫千金は誰もが手にしてみたい夢なのでは! ということで、今回は江戸時代の宝くじ「富くじ」 について調べてきました。 富くじは今の宝くじと変わらずに 組と番号に分けられていたようです。 組番の表記だけは今と違って 「松竹梅」で分かれていました。 なんか、表記の仕方が工夫されていて洒落てますよね。 さて、一番気になるのが賞金です。 これは富くじの歴史上で最高額が 千両でした。これは現在のお金に例えれば 1億ぐらいの価値があったそうです。 そうです、江戸時代にもサマージャンボ宝くじ があったのです。 とはいへ、これは富くじ史上最高額の例で ほとんどは百両(現在だと1千万円)ぐらい だったそうです。やっぱり現実は厳しいですね~ が、それ以上に厳しいのが富くじの購入金額です。 なんと驚くなかれ1枚2万五千円(江戸期の値段では1分)!!! 高い、いくらなんでも高いすぎますね。 富くじは高かったため旗本や御家人が主に買っていたようです。 もちろん庶民の人々も買っていましたが4,5人でお金を出し合い 買っていたそうです。なんか、そうまでして買わなくてもと 思うのですがやっぱりささやかな庶民の夢だったことは 今と変わりがないのでしょう。 というわけで今日の教訓がやって参りました。 今日の教訓は 「一枚300円の宝くじ幸せな時代だな~ 買ってない方は発売と同時に買いに行きましょう」 レッキーです。ついに梅雨の時期に入りました。 ということで、今日は江戸時代の傘について 調べてきました。 江戸時代の傘は大きく分けて2種類あります。 1つは蛇の目傘です。 こちらは主に医者やお金持ちの町人などが 使っていたそうです。そうですお分かりですね この蛇の目傘は高級傘だったのです。 お値段は二朱、現在のお金の価値に例えると 1万2千円もするそうです。 信じられません!傘にそんなお金をかけるなんて もったいない、私なんて1杯飲んでいけば1本忘れて くるというのに・・・・・ そして、もう1種類は番傘です。 そうです、よく時代劇の浪人風の男なんかが持ってるアレです。 時代劇の浪人はすぐ傘を投げ捨てて目の前の敵を 倒そうとしますが番傘だって蛇の目傘ほどでは ないですが意外に値がはるんです。 お値段のほうは2百文。今で言えば5千円ぐらいらしいです。 江戸庶民の人でも裕福な人は番傘を持っていましたが それ意外の人は古傘を買ってくるか、古傘の骨組みを 買ってきて自分で油紙を張ったそうです。涙ぐましいです。 ということで今日の教訓がやって参りました。 「100円傘でも大事にしましょう!更にお店なんかに忘れないように。傘は高級品だったのです!」 ![]() 日曜日から虫歯に悩まされてます。 ということで、今日は「歯磨き粉」の 歴史を調べてみました。 歯磨きの時に研磨剤のようなものを 使い出したのは平安時代からだそうです。 とは言ってもさすがに平安時代ですので シンプルに塩を焼いたものだったそうです。 現在に近い(!?)歯磨き粉になったのは 何と江戸時代からです。意外ですね~ 私などはもっと新しいかと思いましたよ。 丁字屋喜左衛門という人が渡来人から、 研磨剤の製法を習ったそうです。 しかし、悲しきかな江戸時代の人! これにも問題があって図にあるように 研磨するために原料の中に砂を入れているため、歯がぼろぼろに なる人が続出したそうです。よっぽど歯が強くないと 歯磨きをできないという矛盾がでてきました。 そういうこともあって、やはりこの時代でも 一般に塩が使われていました。 塩はやはり根強い人気があります。 私の子供のころは歯磨き粉がきれた時は 塩を使ったものです。 なんと言っても平安時代から1千年以上の 歴史があったんです。 ちなみに、薬品を使った歯磨き粉は からそうですやっぱり新しいですね。 ということで今日の教訓は 歯磨き粉は「つぶ塩」を使うべし! 「歯磨き粉は『つぶ塩』を使うべし!」 「歴史を斬る」を語る歴丸だよ。 レッキーと呼んでね。 今日はお酒の話にクローズアップ お酒を最初に作った人は中国の儀荻(ぎてき)というひとだそうです。 次いで、その時の中国の王様にお酒を献上し その王様がお酒を飲んでこう言ったそうです 「後世かならず酒によって国を滅ばす者あらん」と。 この王様、本当賢いですね。 私などお酒を飲んだ次の日は・・・・!? といったところで やはり、 「酒は飲んでも飲まれるな!」 といったところでしょうか。 今回の教訓 「酒は飲んでも飲まれるな!」
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